読んだ本の感想(問題犬って?)

少し前に美容院で犬の本を閲覧してとても驚いた。
いわゆる問題行動に対してのアドバイスなのだけど・・・

凄く疑問符だ!
「問題行動から遠ざける(見ないようにする)ことで、解決する」って話なんだけど。
とても疑問符。
それではいつまでたっても「やってはいけないことを理解出来ないじゃん」
何でかなぁ?とても変だ!!!

失敗(出鼻をくじく)こそ、最高のチャンスなのにって、思う私。

その場しのぎの回避ってなぁ?>その様に閲覧した本を解釈した私

犬から目を離さずに問題から回避させる事は訓練に於いても必須だから正論ではある。
その場限りとして使用するのではなく、常に一貫性を持って行われる。。
餌をかざして惹き付けなくても、その場で解決することが可能だ。
これを繰り返し行うことで、犬は得るものがない行動として、
犬自身の脳裏にインプットできれば、問題は解決する!

叱らないで躾る方法って、犬に対してどうなんだろう?
それって、褒める所もなくしてしまうような気がする・・・・

叱らないで躾る方法→褒めるだけの方法と受け取られやすい?
私の解釈:叱らない方法=失敗させない方法

叱らないで回避する方法・・・
余程、反射神経が高い飼い主じゃないと、始終神経を犬に集中していないと、
避けられ無い(爆)。

もっち、訓練でも油断は大敵だけど、果たして全ての飼い主が、
犬より優れた反射神経・周囲認識能力を持てるモノなのだろうか?
私自身、犬に対して隙だらけ、面目ない(恥ずかしい)存在だ(自爆)。
犬を知れば知るほどに犬って素晴らしい性能を秘めていると痛感する。
犬の考えるスピード(行動に移すスピード)は人間より遙かに素早い・・・・

躾に関して?、犬自身がこれは絶対にやっては成らぬ掟を理解させる方が、
普段の生活はとても楽になると考える。
その様に犬が理解するためには失敗する手前の環境を利用して、
「これは決して、やっては成らないこと」と理解させる方が
ずっと楽になると考える私。・・・出鼻のタイミングを利用する!

失敗させてからでは、その時点で犬にとっては成功例?
従って犬が問題行動に出ようとした瞬間或いは手前で、
やってはならないことを認識させる指導の方が解りやすいと考える。

失敗は成功の元って意味を取り違えると大変だ(汗)。
事故後に叱って、止めさせるって公式は、
「叱られたら止めればいいのだ」と認識するだけだから(爆)・・・・
叱らなくても、済む方法は、その行為をやってはならない事として認識出来ないと達成できない。

さて一方、叱る流派(笑)では、単にショックを使って犬を動かしているだけに過ぎないと思える事です。
これではいつまでたっても犬の自主的な正しい行動を作れません。
ショックの使い方を熟知していないと、叱る流派?もNGだと感じます(私感)。
ショックで強制した形をその場その場で作っているだけに過ぎないからです。

訓練では失敗を故意に作って、修正し、精度を上げる過程も存在します、
問題犬の場合とは全く別物でしょう。

本の言い訳を考えてみた・・・・
上手く叱れない飼い主に対してのアドバイスなのだろうか?
上手く褒められない飼い主に対してなのだろうか?

上手く褒め、上手く叱れるって事自体、もの凄く技術がいる作業
プロでさえも難しい?(汗)・・・

叱るとか、褒めるとか、躾るとか以前に、
犬との関係をどの様に築いていくかを考える方が近道のような気がする・・・・
そもそも問題行動とは、飼育環境の中で犬が経験して生まれてくるモノだと思う。
その様な悪い経験を気づかずして許している行為が仇になって反映する。
飼い主の知識不足って公言すると、バッシング受けそうだけどね(爆)

問題行動発生して困った飼い主の頼り先は、一般に流通している本なのだ。
前にも記述したけれど、本の著者の考えであって、全てではない。
実際の話、著者の犬しか当てはまらないかも?(暴言)
著者もマニュアル通りを本に書いているだけかもしれない(暴言)

言葉だけ先行してマニュアル化しても千差万別なのになぁ(笑)
精神的虐待を受ける犬達が増大しそうだぁ(爆)

愛犬に対して、平常心で一貫性を示せる様になりたいなぁって、
理想に向かって研究中の私(大汗)

叱るのも、一貫性、そして、叱った後で犬がどの様に変化したかを
しっかり飼い主が体感しないとなぁ?
叱って無理矢理成功の形(力ずく)?を作っても、
それでは犬は理解不能だとも思えるしなぁ?(>矯正方法の誤解)

結論は犬を変えようではなく、犬が理解出来るように、犬に伝えるって事なんだと思う。
一番、愛犬を理解できるのは飼い主であって欲しい(理想)。
でもぉ、それには飼い主自身が愛犬をよく観察することなのだ。

問題にぶつかったとき、犬自身が理解していないと失敗を続ける。
理想的な失敗学習していると同じミスを自然におこさなくなる。
そしてその時、犬は賛美に値する。
その賛美が犬にとってのご褒美になる。
そして、ますます犬も飼い主も磨きが掛かっていく。
失敗を恐れることなく、失敗=磨き粉として培ってゆきたいなぁ。

余談:例えば訓練士等にお願いして問題行動を矯正して貰う。
犬の問題行動は訓練士となら解決する・・・・
でもぉ?飼い主が理解していないとまた、不可になっちゃう。
犬以前の問題かも?(笑)飼い主を導いてくれる指導者を捜す方が近道だと思う(爆)。

本は必要ないかもしれないって、最近、凄く感じたこと(爆)。
犬との暮らしはトコトンお互いに見つめ合うことだ。
そして、信頼度を増してゆく・・・甘える道具と化してはならない。

お互いの価値観を磨いていく作業=犬との暮らし
その場限りにならないように、細心の注意力が必要だ。

私はまだまだ未熟者、されど、犬と暮らしているという責任(大げさかなぁ)を
一生負っていく定め・・・
犬修業は飼い主の修業、奥深くて、飽きない暮らし、たまらなく愛おしい(笑)

他人様の犬と比べて落ち込んだりする事って存在しないはずなんだけど。。。
みんな、みんな違う飼い主(環境)、違う犬だもの・・・・
マニュアル通りに行くはずがない、生き物なのだから・・・
犬は人間と対話できる素晴らしい生き物なのだから・・・

失敗は飼い主の隙(&飼育環境)から生まれる(犬が悪いのではない)が、
失敗しないと気付かずに通過してしまう。失敗も成功への道しるべ?

一番大事なことは失敗を成功に導けること、飼い主の技術を磨くことかもしれない・・・
一にも二にも観察かな?

そして、犬経験が豊富な優れた指導者から、直接、犬を観ていただきながら、
指導を仰ぐこと・・・これが可能な環境を探すか、
或いは愛犬と二人三脚で試行錯誤して諦めずに頑張るか、
そのどちらかの熱意が良い方向へ導かれると考える。

本は見知らぬ誰かが書いただけのことに過ぎない、最近つくづく思うのだった(爆)。
人間は病気にかかると専門病院へ行く、診察無くして治療は解らないからさぁ(笑)
家庭医学本をいくら読んでも、不安は拭えないのと似ているかも?
精通者(著明的ではなく実践力)を探すのが近道じゃん!

どちらにしても選択するセンスを磨かねばって(笑)・・・・

私には問題犬という定義がないのです。何故なら問題犬ではなく問題飼い主
(私自身)が、世に言う問題犬と称される様に作るのかと・・・
私の隙が犬に問題として表現されると思うから・・なのです。
問題犬になる要素が暮らしの中に潜んでいる。
飼い主の気づかぬうちに?暮らしの中で犬が経験して覚えた?結果=問題犬かなぁ?
他を批判して書いたモノではありませぬ。私の失敗を問いただすと、こんな感じ(汗)

教わらずして、犬は自然と良い犬には成れませぬ。ほっとかれては犬が可哀相かなぁ?
全ての犬はきっと、素晴らしい犬に成長する可能性を秘めている
ダメ犬なんていないと思う・・・・愛犬は飼い主の鏡です。

『犬本来の素晴らしい性能を引き出すこと=犬との暮らし』
犬は可愛がる対象物ではなく、相棒として心を分かち合って暮らしてゆきたいと思います。

犬をもっともっと、深く知りたい(願望)・・・問題犬マニュアル本より、問題犬を作る飼い主&環境とは?って本の方が解りやすいかも(爆)

問題犬の定義:犬は環境の中で問題行動を刷り込まれ、その結果として問題犬となる。
犬が勝手に陥ったのではない。(身体的要因を除く)

〜〜〜〜自分に喝入れる(問いただす)為に書いておくことにした(大汗)〜〜〜〜