訓練の謎

訓練方法は人それぞれ、犬それぞれ。
犬に対して何を望むのか、テーマを絞りに絞って、伝えなければならない。
流れ作業で犬を動かしている事に気付かないまま、それで良いのだと勘違いしていることが多くある(私自身)。
犬は、指導手の全体的な雰囲気から動いているだけなのかもしれない。
本当に言葉を理解して動いているのだろうか?
その言葉をどうやって理解しているのだろうか?
犬と向き合って訓練をしていると、これで良いのだろうか?間違っているのだろうか?等々、迷ってばかりで、思うように動けない私だ。
犬の本質を充分理解していないと、指導手自身が正解を理解していないと、真意は掴めない。
犬が本当に理解して動いているか?
そこまで考えて犬を作っている指導手は世の中にどのくらい存在するのだろうか?
競技の順番を機械のようにこなす犬=優秀とされるのかな?
意欲的=能動的で素晴らしい犬が居るが、失敗が多い・・私はこういう犬の方が好きかもしれない(笑)。
作業には精度が絶対条件だ。精度は犬(指導手)が本当に理解していないと表現されない。
犬を意欲的に動かすのは作業自体を好きな犬に作っていくが、それだけでは完成しない。
成長していく段階で、犬自身が考えて正確に動けるようになること。
「考えて動ける犬」を作るのだ。
競技種目を順番通りにさり気なくこなせる犬ではなく、指導手の命令に対して(自ら進んで)使命感を持って動ける犬が理想なのだ。

アジリティは訓練競技に比べると、犬の自由性が必要だと思っていたが、ココにも正確な理解が最も大事な事だと痛感する。
服従を強く(強くって、不可思議なんだけど)入れるとアジリティのスピードが落ちると言われるが、そんなことは絶対にないと思っている。
あらゆるドッグスポーツの原点は正確な動きを伝える(指導)ことに他ならない。
勿論、犬の持って生まれた「性能・体格・資質」も重要なのだが、アマチュアの私が指導力のない間々、良い犬を持っても生かせないからなぁ(爆)。
良い指導手はどんな犬もそこそこ作れるモノなんだろうなぁ・・・経験を無駄にすることなく、次の犬に生かしていくのだろうなぁ!
犬の一生も私の一生も短いけれど、永遠の謎解きをこれからも楽しんで行きたい。私にとっての訓練は間違い探しのゲームみたいだぁ(爆)!
果たして、正解にたどり着けるだろか?

好きな作業(意欲?)或いは勢いだって、動く犬
流れの中で淡々と作業をこなす犬・・・仕方なく、やらされている犬
コマンドに対して絶対やらねばと考えて動く犬

同じ目的に対して、果たして私の愛犬は何処に属しているのかな?
最近はこの辺の問題で悩んでいる私・・・

作り方・解釈の仕方を間違えるとせっかくの訓練も無しに等しくなってくる。
世間では訓練所に預けて資格を持った優秀犬が、家では何も言うことを聞かないと言われることがある。飼い主が訓練士と同じように動ければ、犬はキチンと反応をするはずである。せっかく作られた犬なのに、飼い主が同じように犬に伝えられないのはその愛犬にとって不幸なことだと思う。
訓練を入れた訓練士の癖まで真似できないと犬が動かないかもしれない・・・しかしながら、シュッツの訓練に於いては、正確なコマンドに対する理解を訓練士が犬に伝えている。従って、シュッツで鍛えられた犬達は飼い主の元に戻ったとき、飼い主のコマンドでも有る程度の正確な動きを見せるのだ。体符などの全体な雰囲気・叱られ無い様に動くのではなく、コマンドに対して正確な理解(自信を持って犬が動く)をしているからこそ、指導手が変わっても犬が動くのだ。こうした経緯からシュッツって、とてつもなく凄い作業なんだと思わずにいられない。

形が完成したら正解なのか?競技会での判定以上に心で動ける犬を作りたいなぁ(憧れ)・・・・・

私が自信を持って作れること・・・

何処へでも連れて行って、何とか迷惑かけないことかな?
ああ、でも、ちょっと五月蠅い犬達だぁ(爆)

付録:恩師からの言葉を抜粋↓

巧緻性・・・どの競技でも当てはまる必要不可欠な条件。例えばアジリティ競技に於けるスラローム(12本のポールを交互にくぐり抜ける種目)が有ります。器用な犬は無駄な動作を省いて巧みに蛇行します。反対に不器用な犬は一つ一つの動作をつないだようなぎこちない動きをします。

タイミング(間合い)・・・「間が悪い」と、あらゆる演技で不合格に繋がります。例えば防衛訓練での襲撃の課目(追補)。逃げるヘルパーを襲撃するとき跳び上がる動作。タイミングが悪いと深く噛めないのでヘルパーに振り切られ、逃げられてしまいます。

大胆性・・・競技会はホームグランドで行われることはめったにありません。見知らぬ場所へ行って競うことになります。犬は感情の動物ですから、景色・音・臭いの違いを気にすることも多いわけです。それらの事柄を日常的な事とし、競技に集中する犬でなければなりません。

訓練とは、可能性の追求です。いわば犬との知恵比べですから、根気と研究心がなければ長続きしません。

犬が嫌う人のタイプは大別すると、甘い人・短気な人・潔癖な人です。甘い人と言うのは常に犬に迎合するから、犬から見ると張り合いがないので「むかつく」のでしょう(笑)。短気な人は失敗を犬のせいにする人ですから、犬からすると「面白く無い人」になります。潔癖な人は細かいことを気にしすぎて、心を開いて犬を受け入れてくれませんから、一緒にいても楽しく無いのです。

褒めて躾ると言うことは正論でしょう。が、しかし・・・・
(精度を高める)訓練とは自由を抑圧しプレッシャーをかけること。それ故、訓練した後がとても重要です。心身の解放です。コミュニケーションとブラッシング、犬を解き放して自由運動、ボール投げ、ヒッパリッコ、抱擁、じゃれ合う等です。